お薬について

薬剤師が評価する『エンレスト錠』 結論:大いに期待できるお薬


こんにちは。 マサです。

調剤薬局にて薬剤師として働いています。

2021年9月に「高血圧症」の適応が追加になりました。
そのことについて追記します。 こちら

今回は2020年9月に発売となったエンレスト錠について記事を書きたいと思います。
私はエンレスト錠がとても素晴らしいお薬と評価しています。
おそらく、多くの循環器Drも同じ気持ちだと思います。なぜだと思いますか?
それを薬剤師目線で解説したいと思います。

 

エンレストは大いに期待できるお薬

海外にて実施されたPARADIGM−HF試験というものがあります。
この試験は8,442名の患者さんをエンレスト群とエナラプリル群に無作為に分けて、心血管系による死亡または心不全による入院までの時間を指標とした複合エンドポイントにて評価しています。
エンレストは心不全の標準治療をしていた患者さん(β遮断薬93%、ミネラルコルチコイド受容体阻害薬54%、利尿薬80%)に対しても、心血管系による死亡または心不全による入院までの時間を、エナラプリルと比較して20%抑制しています。
この結果がどうして評価されているかといいますと、心不全の標準治療ができてから、今までさまざまな薬の研究がされてきましたが、有意差をもって効果が示されたお薬はありませんでした。
そんな中、PARADIGM−HF試験において上記のような素晴らしい結果が得られたため評価されています。

心不全の標準治療とは

β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、ACE阻害薬またはARBを使用する治療です。
これらのお薬を服用することで死亡率を低下させるエビデンスが示されたため、これらのお薬を使用する治療が現在の心不全治療における標準になっています。

心不全治療の目的

左室リモデリングの進展抑制、うっ血を中心とした症状の改善、運動耐容能の改善、入院の回避、生命予後の改善と言われています。
左室リモデリングを抑制することで死亡率を下げることができると考えられており、左室リモデリングの最大の原因は、レニン・アンジオテンシン系と交感神経系です。β遮断薬とACE阻害薬またはARBが使用されます。
また、MRAも左室リモデリングの改善が期待されています。
エンレストはバルサルタンとサクビトリルの配合剤です。そのため、ARBを含むエンレストも標準治療薬になります。

左室リモデリングとは

心臓に負担がかかると、心臓の機能が低下します。
低下した機能を補うために、心臓の構造を変えます(肥大化)。肥大化すると低下した機能を補えますが、ある一定のラインを超えると肥大したことが負担となったり、低下した機能を補えなくなったりします。
なので、左室リモデリングが生じないように治療することが必要です。

血管浮腫の副作用

エンレストがバルサルタンとサクビトリルの配合剤であるならば、エビデンスのあるエナラプリルとサクビトリルの配合錠の方が良かったのではないかと疑問を持つ方がいると思います。
しかし、エナラプリルとサクビトリルの配合剤は血管浮腫の副作用が問題になります。
エンレストが製造される前に、ACE阻害薬とサクビトリルの配合剤にて臨床試験が行われました。しかし、血管浮腫の副作用が有意に増えてしまったため、途中で試験が中断となりました。

血管浮腫が増える理由

血管浮腫の原因となるのがブラジキニンとサブスタンスPです。ブラジキニンはACE、ネプリライシン、アミノペプチダーゼPによって分解されますが、ACE阻害薬とサクビトリルの配合剤では、この内の2つACEとネプリライシンの分解を阻害するため、どうしても血管浮腫を生じやすくなります。
サクビトリル単独でも血管浮腫を生じる可能性があります。

サクビトリルだけではだめ

ネプリライシン阻害薬であるサクビトリルを使用すると、代償機構によってレニン・アンジオテンシン系が活性化してしまいます。なので、レニン・アンジオテンシン系を阻害する薬と配合剤にします。よく考えられた配合剤です。

ネプリライシンとは

BNPを分解する酵素です。サクビトリルはBNPを分解するネプリライシンを阻害することで、BNPによる効果を期待します。

BNPの作用

心臓に負担がかかるとナトリウム利尿ペプチドであるBNPが分泌されます。BNPは心臓を守る因子です。
Naの排泄(うっ血の改善)、血管平滑筋の弛緩(抹消血管抵抗の改善)、アルドステロンの産生抑制(繊維化を抑制)などにより、心臓を守るように働きます。
BNPが働いてくれると利尿剤を減らし、MRAと同様な効果が期待できます。
そう考えると、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬よりも、エンレスト錠の方が優先順位が上になると思います。

エンレストの位置づけ

β遮断薬より先に使用すべき薬かどうかはわかりません。処方する医師の判断になると思います。ですが、β遮断薬を使用しにくい喘息患者さんや徐脈の方にとっては第一選択になり得る薬です。
さらに、エンレストだけでACE阻害薬またはARBの効果とMRAの効果が期待できます。MRAよりも優先順位は高くなると思います。

ただ、BNPが上昇していない患者さんにとっては、エンレストの真の効果が期待できません。
また、エンレストはACE阻害薬かARBを使用している患者さんからの切り替えでしか処方ができません。
そのため、最初はACE阻害薬かARBを服用する必要があります。

慢性心不全患者の標準治療薬は、ACE阻害薬/ARB、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の3種類です。
最近ではSGLT-2阻害薬が標準薬として考えられてきています。
海外では標準薬としての位置付けになっています。

そして、今回のエンレストはBNPが上昇している患者さんには、積極的に使用して良いと考えます。

エンレストを使用する上での注意点

PARADIGM−HF試験において、エンレスト200mgはエナラプリル錠20mgよりも降圧効果が強いという結果がでました。そのため、低血圧に注意が必要です。
その他の血管浮腫や腎機能障害、高カリウム血症、咳症状については、有意差はありませんでしたがエナラプリルよりも少ない結果が出ています。
しかし、これらの副作用は頭に入れておかなければなりません。

エンレスト錠の効果が出ているかどうかを知るには

BNP濃度の上昇にて判断すると良いと思います。薬を開始すれば、最初はBNPの分解が阻害されるため、BNP濃度が高くなります。状態の改善に伴ってBNP濃度が低下します。ただ、それでは悪化したのかどうかわからない、という声もあるので、サクビトリルの影響を受けないNT-proBNPにて確認すると良いと思います。

エンレストの服薬指導

心不全では心臓が悪くなることで、浮腫みや疲れやすさ、咳などの症状が出るようになります。
このお薬は心臓が悪くなることを予防し、心不全による症状の出現や入院、死亡率を下げます。
このお薬を服用すると血圧が下がりますし、トイレの回数が増えます。体との相性が悪いとのどが詰まるような息苦しさを生じるかもしれません。
血圧低下は血圧測定にてわかりますので、自宅にて血圧測定を行ってください。もし息苦しくなるようならば受診してください。

「高血圧症」の適応追加

2021年9月にエンレスト錠100mg200mgに「高血圧」の適応が追加になりました。

そのことについて考えてみたいと思います。

私が考えるエンレスト錠の「高血圧」対象者
・心臓に不安のある高血圧患者さん
(心臓不安が小さいのであれば、ARB/Ca拮抗薬などの配合剤の方が降圧効果が期待できる)
メリット
・ANP・BNP濃度が上昇するほど降圧効果が増す可能性がある
・慢性心不全になる前からARNIを開始することができる
デメリット
・第一選択薬としては使用できない
・1日1回服用

メリットについて

エンレスト錠はARBのバルサルタンとネプリライシン阻害薬であるサキビトリルとの合剤です。

ネプリライシンを阻害することでANP、BNP濃度が上昇します。
それによって血管を拡張します。

心不全状態が悪くなると特にBNPの分泌が増えます。
エンレスト錠を服用するとさらに増えます。

論理的に考えると、心臓状態が悪くなるとより血圧をコントロールする効果が強くなると考えられます(心臓状態依存的?)。

私は面白いと思います。

デメリットについて

ただ、バルサルタンは作用時間が短いため、1日2回の服用を必要とする方もいます(保険適応は1日1回)。
そのため、私としては1日1回では1日中血圧をコントロールできるのか不安です。

さらに、エンレスト錠を高血圧として使用する患者さんは、心臓に不安がある方だと思います。
そして、血圧を下げる以外の心臓を守るという付加価値は、血圧を十分下げた後に求めることです。

まずは血圧を下げることが大切です。

十分に血圧を下げることができないのであれば、ARB/Ca拮抗薬の合剤の方が良いと思います。

比較試験

国内第Ⅲ相臨床試験では、オルメサルタン錠20mgとエンレスト錠100mg200mgを比較しています。

結果、エンレスト錠100mgと200mgはオルメサルタン錠20mgと比較して、有意差をもって血圧を下げています。

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